心理的安全性という言葉は、近年、多くの組織で当たり前のように使われるようになりました。
会議で意見を言いやすいか、違和感を口にできるか――
その多くは「部下やメンバーの発言のしやすさ」を前提に語られています。
では、少し視点を変えてみましょう。
上司や意思決定者自身の心理的安全性について、
私たちはどれだけ考えているでしょうか。
参考記事|Crucial Learning Blog
Crucial Learning のブログでは、
「権限を持つ立場の人ほど、心理的安全性が不要だと思われがちだが、実はそうではない」
というテーマが取り上げられています。
組織の中で影響力や責任を持つ立場にある人ほど、
率直な意見やフィードバックを受け取りにくくなり、
結果として重要な情報から切り離されてしまう――
そんなリスクが指摘されています。
▼ 原文はこちら
https://cruciallearning.com/blog/think-people-in-power-dont-need-psychological-safety-think-again/
TTIの視点|日本の組織では何が起きているか
日本の組織でも、「心理的安全性」は広く知られるようになりました。
ただし現場を見ていると、その多くは
「部下が安心して話せるか」という観点に集中しています。
一方で、上司や意思決定者自身の心理的安全性については、
あまり多く語られていないのではないでしょうか。
その背景には、次のような「よくある前提」があるように感じます。
よくある前提
- 上司は、部下の話を聞くべき存在である
- 上司よりも、権限のない部下のほうが大事にされるべき立場である
- 厳しい環境でも成果を出してもらいたいから、上司にしている
これらの前提自体が、間違っていると言いたいわけではありません。
ただ、こうした考え方が無自覚に積み重なると、
「上司は大丈夫な存在」「上司は耐えられる存在」
として扱われてしまうことがあります。
少し踏み込んで言えば、
上司に甘えた構造になっていないでしょうか。
その前提を続けると、何が起きるか
こうした前提が続くと、次のようなことが起こりやすくなります。
- 上司が無難な判断を選び、守りに入る
- 上司の本音や迷いが、表に出てこなくなる
- 結果として、対話の機会そのものが減っていく
表面的には問題が起きていないように見えても、
実際には重要な話題ほど扱われなくなっている状態です。
その結果、
「決まったことが腹落ちしない」
「なぜその判断なのかがわからない」
といった違和感が、組織に残り続けます。
実は、上司の心理的安全性を守ることは「自分のため」でもある
ここで強調したいのは、
上司の心理的安全性を大切にすることは、上司のためだけではない
という点です。
上司が本音や懸念を口にできる状態であれば、
- 判断の背景が共有されやすくなる
- 無理な期待や誤解が減る
- 問題が小さいうちに軌道修正できる
結果として、
部下やメンバー自身にとっても働きやすい環境につながります。
立場が違ったとしても、
目的に向かうプロセスの中で、
双方が大事にされている状態が重要なのです。
心理的安全性は「上司だけ」「部下だけ」の話ではない
もちろん、上司が対話の質を高めるために働きかけることは欠かせません。
ただし、それだけでは十分ではありません。
同時に、部下から上司へのアプローチも重要です。
- 上司が意見や迷いを出しやすい空気をつくれているか
- 懸念を、一方的な要求としてぶつけていないか
- 相手の立場や制約を理解しようとしているか
心理的安全性は、
どちらか一方が「与えるもの」ではありません。
上司・部下の双方に責任があるテーマとして捉えることが、
健全な対話への第一歩だと、私たちは考えています。
おわりに
心理的安全性は、
「部下を守るためだけの概念」ではありません。
組織が正しい判断をし続けるためには、
権限を持つ人も、安心して考え、語れる状態が欠かせません。
そして、その状態をつくる責任は、
上司だけでなく、部下を含めた組織全体にあります。
心理的安全性を
「誰のためのものか」ではなく、
「何のために必要なのか」という視点で、
改めて考えてみてはいかがでしょうか。
※本記事は、Crucial Learning 社の公開記事を参考に、
Talk to Impact株式会社の視点で日本の組織における課題を整理したものです。